『ダグ・ダック』ではいつものように僕と兄さんだけで店を切盛りしている。最近はその質はともかくますます客の入りが良くなってきた。特に若いサラリーマンは女の子を最後に落とすキメとしてこの店を選んでるらしい。流行のカラオケ屋じゃうるさくて口説くのもままならないだろう。いくらカラオケが流行でもそういう物事の順序までは変えられないんだ。しょせんカラオケなんかは酒とムードを味わう場としては亜流の道具でしかないのだ。一時的に儲けりゃいいなんてのはムシのいい話しだ。
このところ僕のオリジナルメニューは評判で注文されれば皿は犬になめられたように綺麗になって返って来る。この辺は僕も研究した。酒場の料理はある程度の見た目のボリューム感と実際のボリュームが大事なのだ。その辺が経費の節約にもなったりする。このところ僕はイタリアン・ピザにも手を出すようになり、生地から作るのに手を焼いている。今はマルゲリータとビアンカだけだけどその内もっとオリジナリティを出そうと考えている。ただ具に使うツナに合うもう一品があれば・・・。 「余計なお世話だけど進学のこととか考えなくていいのか?」とバイトの兄さんは最近よく営業が終わった後の片付けの時に僕の進学のことを聞いてくる。僕のことを心配してくれているんだろうけれど本当の所、兄さん自身の将来のことが心配で僕を使って不安を消そうとしているんだ。きっとコロンボからこれからの景気のことを聞かされたんだろう。大氷河期とやらのことを。 「今はまだ考えないですよ。まだね」と僕は答える。それ以外に答えようもない。「そっちこそ将来はどうするんですか?」 「のんびり屋だな。ま、人のこと言えないんだけど。俺か?実は俺もよくわからんよ。サラリーマンが嫌だとか、就職が厳しいとかじゃなくてさ。まだやりたいこともわからないんだ。親に叱られるかも知れないけどしばらくは何処かに旅でもして、色んなこと見てみたいよ。俺みたいな奴が言うのは月並みだけどね」 「彼女は?ついて来てくれるんですか?その旅に」 「さあね。でも俺の言うことは理解してくれと思うよ」 「・・・そうですね。理解してくれるといいですね」と僕は言った。 「・・・もう今日の授業はつまんないからどうでもいいよ。え!?、ああ、そう。英語。どっか遠くに行くのもいいけど・・・。そうだ!『ニキータ』を観に行こう。今日から池袋でやるんだよ。ほら、ベッソンの。殺し屋の。そう、前バイトで働いてたところ。ただで観れるかも。うん。じゃあ、そうしよう。メット、僕の分も忘れないでよ。うん、じゃあ、あとでね」と僕は受話器を置き、学校の玄関の外にある電話ボックスを出た。久しぶりに晴れた空は気分まで晴らしてはくれなかったけれど、ポカポカした陽気のおかげでちょっとはましな気がする。外はまだ寒く、これが二月、三月になればもっともっと寒くなるだろう。雪の降る日もあるだろう。手と手をあわせると自分の手の冷たさがわかる。僕は暑さには強いけど、寒さには弱い。この季節はいつも手足が冷たくなって身体の動きが悪くなってしまう。 僕は玄関前を歩きながら色んなことを考えた。自分のこと。他人のこと。死んだ友達やまだ生きている友達。学校や社会。父母。いつも考えていることさ。僕がどれだけ勝手な人間かもわかっている。何から何まで考えた末に行き着くと僕は彼のことを考える。 彼と出会ってからの出来事は本当に現実の出来事だったのだろうか?何回自問しても何回自答しても彼が何故死んだのかについては結論が出せない。なにも死ぬことはないじゃないかと思うだけだ。彼は僕に何をもたらしただろう?何がしたかったのだろう?本当のことは彼の口からは何一つ聞いてはいない。あれほどのことがあったにも関わらず彼を恨む気持ちになれないのはきっと僕は彼のことが好きだったからだ。彼は僕の友人だ。それに間違いはない。クロックが最後に語った話しはどこまでが真実でどこまでが事実でどこまでが嘘だったのだろうか?全てが現実だったのだろうか?それとも僕の脅迫観念が生み出した壮大にして馬鹿げた妄想だったのだろうか?僕は逆らい続けたのだろうか?それともただ踊らされ続けたのだろうか?いや、考えるまい。僕は首を横に振った。今の僕にとってはもうどうでもいいことだ。過ぎてしまったことだ。 僕の日常は何事もなく順調に経過していた。ただ、ポッカリと開いたこの胸のどこかにあるわずかな空洞だけは到底埋まりそうになかった。 キドリはようやく退院したらしいが、その後何をしているのか知らない。噂では鑑別所に行ったとか行かないとか。今度は精神病院に行ったとか行かないとか。 オウムはクラスの連中から裏切り者扱いされ今や書記長たちより下位のランクに位置された。 ペーは学校を卒業したら入隊するというもっぱらの話しだ。 そしてクロックの死は学校中の女の子を悲しませた。 あの夜。RZで転倒してエデン公園の道に倒れた僕を介抱してくれたのは単車で駆けつけた幼なじみの彼女だった。クロックから東京エデンに来いと言われた彼女は僕を心配してやって来てくれた。 「一体何があったの?ねえ、この人。倒れて死んでる人。あたしのバイトにいた人。あたしによく夢判断してくれた人。どうしてあなたと一緒にいるの?あたしもどうしちゃったの?この間のイブの夜はあたし約束すっぽかしちゃってるし、その後もあなたのこと忘れかけてるし、いつの間にかこんなに髪を切っちゃってるし。どうなっちゃってるの?」彼女は僕を介抱しながら半ば取り乱していた。 クロックは彼女に恐るべき魔法をかけていた。彼女に接近し徐々に言葉の魔術で彼女をコントロールしていたのだ。時折、僕が見た夢はそのことを暗示していたのだろうか?もっと早く気づくべきだった。どうやらクロックが彼女をフルにコントロールしたのはやっぱりあのクリスマスイブの時らしい。彼女はあの夜以降のことはクロックから電話があるまでよく憶えていなかったらしい。イブの日のお昼くらいまではウキウキしていたのに、気がついたら倒れた僕のそばにいて髪が短くなってたと言うのだ。空白の記憶の間にも彼女は普通通りの生活を送っていたらしい。ただ記憶にないと言う。クロックの術はこれから先彼女にどんな影響を与えるか知らないけれど、彼女の笑顔を見る限りはもう大丈夫だろうと思った。ついでにもう一度髪のことを誉めた。彼女はあの時より嬉しそうな顔で喜んでくれた。 エデン基地のそばで起こったあの事故は警察より先に軍が処理した。僕の顔を憶えていた兵士の一人がコロンボに連絡してくれたのだ。コロンボは基地の兵士を指揮して事故を上手く処理してくれた。ウォルトの計らいで僕のことは表沙汰にならず、クロックの事故死だけが取り沙汰された。検死の結果からのことだがクロックの体内からは何かの薬物が検出され、それが事故の原因だったと言われている。コロンボの入手したサラマンダーの顧客リストの中にその名があったらしい。 クロックは何故あの場に彼女を呼んだのだろう?僕から全てを奪おうとしたはずなのに。それにクロックが押したリモコンの中には電池が入ってなかった。クロックがそんなミスを犯すとは思えない。しかし、僕が見たあの光景が僕の中に刻まれたとするのなら、彼とクロックの目論見に僕はまんまとはまったことになる。 ウォルトは僕の話す全ての事情を電話で聞きながらも、その全てを聞き流していた。ギャッツをなくしたショックのせいか、僕の話しを理解したとは思えない。その話しの中でウォルトはリモコンを僕の好きにしろと言った。僕はリモコンを学校の万力にかけて粉砕してゴミ捨て場に捨てた。 コロンボは全てを話さなくてもいいと言った。僕がこれまでのことを全部説明する。今まで起こったことがどういうことなのか全て話すと言ったのにコロンボは首を横に振った。 「どういうことですか?」と僕は聞いた。「何故聞こうとしないんです?」 「いえね、この一連の事件があ~ただけを中心に起こっていることならそれでいいんだと思ったんですよ。元々この事件はあ~ただけののものだったと考えればあたしらはそこに首を突っ込むことはないとね」 「いいんですか?その変な理屈で?そんなことを殺人博士にも言われましたよ」 「ま、妙な殺人事件は起きましたが相変わらず会社は順調だし、他でも忙しいことが起きてるし、あの一連の事件の全てを知らなくても特に何も変わりませんよ。もう誰も調べろとも報告書を書けとも言いませんし、あたしの胸に秘めときましょう。すぐ忘れそうだけど。もう過ぎたことです。彼が何処に消えたのかも、その理由も闇の中。焼身自殺したのが誰のなのかも闇の中。社長の息子が人を殺したのかも闇の中。トンネルでの爆発事故の原因も闇の中。社長の息子が死んだ本当の理由も闇の中。あ~たの御学友であたしの弟の先輩が薬でラリッて事故った本当の理由も闇の中」 「事実を隠蔽してばかりだ」と僕は吐き捨てるように言った。 「でもそういうもんです。物事には色々な面がある。嘘もある。予兆もある。事実を並べただけのものもある。真実という面はたまたまそこに顔を出しただけです。時には見えなくなる死角になる面もあるんですよ。それを隠蔽と言うか影と言うかは見る人の心がけですよ」 「事実が光に当てられた時に映る影」と僕は言った。 「そう。上手いことを言いますな」とコロンボは同調するように笑みを浮かべた。 僕はククッと笑った。 「あのサイボーグがあたしのことを『死神』と言ったのを憶えていますかな?」とコロンボは笑っていたけれど急に声のトーンを落とした。 「え、ええ」僕はそれにちょっと戸惑った。 コロンボは穏やかな顔つきで『死神』のことを話し始めた。 「あれはね。まだ、『XJ』が、自衛隊の特殊部隊が秘かに存在していた頃の話しです。当時のあたしらは何をやっても隠密活動でね。日の目を見ん、血生臭い仕事ばかりやってましたよ。ここじゃあ、その内容を言うのは控えますよ。あ~たのあたしを見る目がますます変わってしまう。その任務以外は厳しい訓練訓練訓練・・・。隊長は人殺しすぎて頭がおかしいし、あたしの後輩たちもおかしくなりかけてた。あたしも自分が正気かどうか不安でした。国家に盾つく奴は片っ端から始末してましたから。いつかこんな仕事辞めてやるって思ってましたよ。訓練中なんか何度脱走しようと思ったことか。脱走すればもちろん処分されます。処分、つまり無条件の死刑です。 あれは軍設立のちょい前の年です。青森の方の里からかなり離れた山々でのサバイバル訓練の時でした。『XJ』の部隊員は全部で三十人くらいでしたがそのほとんどを引き連れての大がかりな訓練でした。あたしは副長補佐で部隊じゃあ三、四番目のポジションだったから部下たちの面倒を見なきゃならん面倒な役目でした。訓練期間は十日間。みっちりとスケジュールが組まれていました。それこそ食料はそこらの草や獣の肉を自分で調達するんです。これは厳しいですよ。 あの事件はその訓練の総仕上げの段階で起きました。 敵が山の反対側にいると想定しての殲滅作戦です。あたしとその部下たちは後発の偵察部隊として行動を取っていました。季節は冬。雪ビュービューの豪雪地帯。凍えて死ぬかと思いました。 隊長からの連絡はあたしを驚かせました。なんと先行しているチームからの定期連絡がないと言うんです。隊長は気が動転してんだか何だか知らないけど脱走だ脱走だと叫びます。チームを率いていた奴は割としっかりしてる奴だから連絡を怠ることも考え難かった。 隊長は早速先行チームを追えと指令を出した。散らばっているチーム同士の位置関係からするとあたしらのチームが一番近かったんです。あたしは一旦本部のテントに戻ると言ったんですが、隊長切れちゃって取り合ってくれませんでした。でもさすが隊長。言うこと聞いてて良かったですよ。 副隊長はまず隊長を殺しました。最初の脱走兵はオトリだったのです。脱走計画は副隊長を中心に練られたものでした。副隊長はあらかじめ脱走メンバーを選りすぐり、海外に逃げるつもりでした。秘かに握った機密を当時の共産圏に売るつもりだったんです。副隊長は頭が良くて切れる男でしたが、かわいそうなのはそそのかされた若手たちでした。いいか悪いかもわからずに乗せられたんですから。 あたしが部隊のキャンプの異常に気づいたのは副隊長が隊長を射殺して一時間くらいのことです。定期連絡をしても全然通じないんですからおかしいと思いますよ。 そこからがあたしの追跡行の始まりです。部下を連れて東北の凍えるほど寒い山中を歩いて歩いて歩き抜きました。あたしら『XJ』の行動は超極秘ですから何処にも連絡できない。自分たちで始末をつけなくては。訓練とは言えこれは任務の一環。『XJ』に脱走者は許されないんです。 五時間にも追跡の末、やっと副隊長一派を発見しました。 連中は村の連中に見つかったらしく、仕方なく村人全員を人質にとって村で夜を過ごそうとしました。普通なら誰にも見つからないようにやるのがセオリーですからね。見られたのが連中の不運でしょう。見ちゃった村人たちもね。 あたしはそこで副隊長とその補佐を狙撃しました。二人にはちゃんと二発づつ当たりました。即死です。 頭を失って完全にパニック状態になった残りの若手隊員たちの行く先は決まっていました。行く先に見える動くものは全部敵でした。人質のはずの村人たちはいつの間にかお遊びの道具になってしまいました。しまいには同士討ちです。 結局生き残ったのはあたしとあたしの部下含めての四人でした。三沢の基地に戻った時には自分でも状況を人に説明するのが難しかった。頭が混乱してたんです。部隊の半数が脱走を企てて、殺し合いをやったなんてなかなか信じてもらえんでしょう。後で聞いてみるとやはり、脱走兵たちはその場にいた村人十数人を皆殺しにしてました。女、子供、老人。構わず皆殺しでした。もちろんこんな不祥事、公表するつもりは政府はありません。村を封鎖してでっち上げを始めました。 最終的に政府は穴持たずの熊にやられたと発表しましたが、ありゃ嘘です。本物の熊を使って派手にお芝居してましたがみんなデタラメです。後に雑誌がスクープとして取り上げるのは全然別の件でした。あの事件を知っている者は今じゃもう殆どいないでしょう。そう考えるとあのサイボーグは相当『シンクレア』に入れ込んでたんですな。あんな昔のデータを引っ張り出してまでコトを起こそうとしてたんだから。あたしも冷っとしましたよ。何を言い出すかと思った。あの時は。きっとあなたも驚いたでしょう。そんな風に見えないから」 僕は頷いた。 「しかし、このことはあんまり人には言っちゃダメですよ。あの『XJ』の脱走事件はウルトラトップシークレットなんだから。喋るだけで自分の身が危なくなることは間違いなしです」 「そう言いながらまた否応なく僕に話してますよ。僕の身は大丈夫ですか?」 「おおっといけない。・・・ま、大丈夫でしょう。いざとなればまたすっ飛んで来ますよ」 コロンボはそう言ってまた何処かに行った。きっとまた僕を驚かせるように現れるのだろう。 僕は喉が渇いたのでジュースを買いに販売機まで行こうとした時に玄関横に転がっている泥だらけのサッカーボールを見つけた。たぶんおとといの雨にやられまま放ったらかしになった奴だろう。僕はボールに近寄り、コロコロとボールを転がしてみた。泥自身はもう渇いて固まっていた。けれど靴が汚れるから大胆にボールを触るわけにはいかなった。 なんだか急にボールの汚れを落としたくなった僕は軽くドリブルして外に出た。転がすごとにボールについた泥はポロポロ落ちていく。僕は靴が汚れないようにチョンチョンと爪先でドリブルを続けた。 校舎をぐるっと回って辿り着いた先は、やっぱり中庭だ。囲いを作る樹々は葉を全て落とし無数の枝だけが網のように重なり合っていた。淡い日差しが僕の影を作る。地面の落葉は誰も掃除しないまま山のように重なり散らばっている。見れば壁の汚れは今も健在だ。彼と僕がつけた壁の汚れだ。僕はまっすぐ壁を見つめ、ふいにボールを蹴ろうと思った。狙いを定めると、彼の言葉が思い浮かぶ。「その順番はきっと誰かに巡るんだ」「強いイメージ」僕に足りないもの。クロックが僕に忠告する。「この世界はもうすぐ終わる。それは誰にも止められない」ウォルトは殺人鬼を自分かも知れないと言う。「次なる者へのステップ」ギャッツ。「死にたい俺、死ねない俺」ゾロリッ。僕の中で炎の蛇が再び胎動し始める。僕は誰よりも先に気づいている。この情報と虚構で構築された世界で誰よりも先に気づいている。ありもしない幻想や夢や希望や人生観や結婚観や進化論や唯物論や法則や天則や運命や必然や偶然や方程式や経済システムや食物連鎖や超高層ビルや地下都市計画や宇宙移民計画や月面着陸や声紋自動ロックや眼紋金庫や二十四時間年中無休や皆勤や無断欠勤や名作映画や戦争映画やブランデーやバーボンやビールやベストセラーの本や自費出版の本やインディーズやエルビスやジョン・レノンやバンドやディスコやバーやアミューズメントや缶コーヒーや缶ジュースや電気カミソリや入浴剤や電話や誰かに伝えたい想いでさえ、そんな想いでさえ基盤としたこの世界で僕ははっきりと口にすることができる。 僕は誰より先に気づいている。 そんなもの自分の目で確かめた奴なんて誰もいやしない。 みんな自分の家にあるちっぽけな箱の中のちっぽけな映像が記憶に残っているだけの話しなのだ。昔誰の手元にもあったハーモニカの吹き方を忘れた奴には一生そのことはわからない。僕は誰にも聞こえない小さな口笛で小さくメロディーを奏でる。鼓動が高鳴る。一瞬だけど自分が大気に融け込み拡散しようとする。来る。僕の中には未知のエネルギーが人知れず眠っている。それも世界の息の根を止めるほどの強烈で残虐なパワーだ。放出。まもなく何かが始まるだろう。拡散。その何かは人々を恐怖の穴に誘い、飲み込んで行くだろう。逆らえぬ人々は唯一残された希望の女神に全てを託すだろう。叶わぬ希望が人々を弱く脆くさせていく。その時こそ女神像は爆破した方がいい。あんなものが全てを駄目にするのだ。最後の望みを絶たれて立ち上がるものが次なる者だ。耐えること、生きることのできない人間は死ぬだけだ。リモコンはもうない。だが、時が来れば間違いなくそれはやって来るだろう。逆らえぬものには絶対逆らえないのだ。祈りの結晶は果たされぬまま昇華するだろう。人が滅亡を望むならそれでもいい。それが正しいならそれもいい。あの女神像のように僕の喉を通ってやがて口から手から足から吐き出される。僕の身体を突き破り、それが這い出る。クロックの言った話しは本当だ。僕の中に眠る蛇は僕の意志で天空に解き放たれやがて世界中のありとあらゆるシステムを停止させるだろう。 その時クラクションが鳴った。誰かが僕を呼ぶ。誰だ?僕を呼ぶのは誰だ? やがて宇宙規模にまで拡散した僕はその呼び声に反応して急激に収束した。僕は限りなく小さくなる。惑星ほどの大きさの一粒の電子を目前にしてその火花のゆらめきを確かに見た。 呼ぶ声に応えろ! まぶたを開くとフェンスの向こうにエンジン音を轟かせ僕が譲ったバイクにまたがる彼女がいる。子供の頃から知っている僕の大事な女の子。僕を呼び、必要としている人。ヘルメットを脱ぐ彼女、ショートカットがよく似合う。胸元には僕のプレゼントが光輝く。片手に僕のヘルメットを持って高く振り上げる。僕も手を振る。 「お待たせー。どうしたのー。怖い顔しちゃってー?」彼女は手を口に当て、声を上げる。 「何でもないさー。待ってすぐに行くよー」 「ほらそうやって笑顔でいるのが一番いいのよ。あなたは、わかってるの?」 彼女の小さな声は聞こえるはずなんかなかったのに何故か聞こえた。 僕はボールに向き直り、一瞬目をつぶった。短い助走で僕は思い切りボールを蹴った。爪先から伝わるボールの感触は今までにない確かなものだった。 ボールは雲一つない空に高々と上がり、やがて壁の向こうに消えた。 僕は走って彼女に近づく。僕はフェンスによじ登り、そして軽やかに飛び降りた。 #
by khmj
| 2008-01-01 21:02
| REALIZE outroduction
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